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新連載『あひるの家の冒険物語』 第1話 「その前夜 ―PARTⅠ―」

流通センターJACの吉川君が、4トンのトラックで改造リヤカーを運んできてくれたのは、夜も9時をまわった頃でした。
「ガンバッテ」と手をさしのべトラックに乗りこんだ後には、外灯に照らし出された二段の棚とワゴン形フレームがほどこされた物体が置かれていました。
それは、ぼくが頼んだリヤカーです。
「引いてみよう」と道路に乗り出しました。
持ち手のフレームは夏だというのにヒヤリと冷たく、空のリヤカーは思いの外軽く、車輪のカラカラ回る音が真夏の夜に響いていました。
道々の家には灯りがともり、出会う人もいません。
近所を3周した頃、運ぶ脚のこころもとなさに道端にしゃがみこんでしまいました。
フレームのよそよそしい冷たさや、カラカラと空回りする車輪の音や、重いのか軽いのかよくわからない実体感のないリヤカーや、行き交う人のいない暗い道や・・・・・・ なにより「明日という日が来る」ということに脅え、追い詰められていました。

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ぼくが「リヤカー八百屋になろう」と思ったきっかけはその半年前、リヤカー八百屋をやっていた舞踏家・霜田誠二君(24才)との出会いでした。
その頃ぼくは役所勤めをして6年が経ち、年齢も29才になっていました。
役所勤めをはじめた理由は「いちばんゆるそうな仕事」だったからで、勤めながらしたい仕事を見つけられればいい、というモラトリアムの感覚でした。
とても居心地の良い職場環境でしたが、30才が近づいてきたぼくは、「このままいくんだろうか?何がしたい?何ができる?」と焦りはじめていました。
そんな時、役所の先輩で同じサークルをやっていた松田さんが、『かっぱの家』という自主保育をやっているところの保父さんになるため退職していきました。
「辞めなくちゃ」焦りは募るばかりです。
『かっぱの家』のバザーを手伝いに行った時のことです。
玄関口でモンペ姿の青年が野菜を並べて売っていました。
品数も鮮度も見映えもパッとしない野菜なのに、たくさんの人が「シモちゃん」「セイちゃん」と声をかけ買っていきました。
坊主頭で陽に焼けた体躯は、草原を駆けるチーターをおもわせる敏捷さと色気を感じさせます。
お客さんがいなくなり、隣りに座って青年と話しをしました。
舞踏家で、身体を鍛える意味もあってリヤカー八百屋をやっているとのこと。「だから、ぼくにとって街は舞台で、お客さんは観客な訳ですよ。毎日、今日は街に右肩から入ろうか左肩にするのか考える訳です。じゃが芋や人参や大根を使って、今日はどんな身体表現ができるか勝負な訳です」と語る言葉は、はじめ「たかが八百屋で何を言ってんだろう」と思っていたのですが、段々魅きこまれていって、実は「感動してしまった」のです。
そして、最後に指をさして「狩野さんならできますよ」と言った言葉は、笑うセールスマンのモグロ!のような衝撃波を放ちました。
その後、勤めを休んで2回、リヤカー八百屋に伴走しました。
届いていた野菜をそのままリヤカーにのせ、出発と同時に走りはじめます。歩くということはないのです。
走りながら「ヤオヤ~ヤオヤ~」と声をあげつづけ、坂道も一気に駆けあがり、駆けおりるのです。まさに、街を疾走するのです。
近所の子供たちが出てきて、「ヤオヤ~ヤオヤ~」と叫びながらついてきます。
住宅街に着くと、向う三軒両隣から買い物カゴをさげたおばちゃんたちや、手をひかれたおばあちゃんたちが集まってきて、ダンボール箱を開けはじめる。霜田君は台量りの前に座って「にんじん85円、キュウリ120円・・・」と、持ってきた野菜の値段を言い、「735円です」とお金を受けとる。
お喋りをして、また次のスポットへ走る。5~6ヶ所のスポットをまわって一日が終る。
店先にリヤカーをおくと、お札だけポケットに入れ、「オレ、ひとおよぎしてくるんで、また」と高く手をあげ、人混みにまぎれていきました。
帰りの電車の中で、体も心も熱の坩堝に浸っているようでした。
「オレも恰好よくなりたい・・・・・・ オレもリヤカー八百屋をやってみようかな・・・・・・・」などと思っているうちに、快い疲れと電車の振動でまたたく間にまどろみにひきこまれていってしまったのでした。

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あひるの家をはじめて40年になります。もうそろそろ振り返ってもいいかなと思いました。
ただし、記されていることは記録ではなく記憶に因るものです。更に、名称(人名地名)、時系列(あれとこれとどっちが先?後?)がダメなので、関係した人たち誤っていたら「ボケッ!」とか言って笑い過ごしてください。

あひるの家代表 狩野 強

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