11月22日(金)23日(土)「国立から福島へ ~フクシマの今を体験するバスツアー~」に行って来ました。
2日間印象深く考えさせられる事ばかりの体験でした。その中の2つ3つを紹介させていただくと、泊めていただいた農家民宿『いちばん星』の星さんのお話しがあります。
南相馬市の税務課長だった星さんは、3.11以降大きな避難所(500人~800人)の責任者になり約1年奮闘し、避難所解散後、30年勤めた役所を退職し民宿をはじめた方です。
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3.11以降3日間支援物資は全く届かず、1日1人水1本、おむすび1個という日が続きました。3日目にはそれもなくなり、800人におむすび500個位で、どうしようもないので目をそらしながらあちらに5個、こちらに5個とおむすびをおいていったのですが、皆さん争うことなく分けあっていました。
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3.12水素爆発が起こったとたんに、これまでたくさんいたNHKをはじめとしたメディアの人たちがいっせいに引きあげ、30km圏外に退避したのです。残ったり新しく入ってきたのはフリーといわれるカメラマンや記者の人たちだけでした。
同じように、お医者さんが全て50km圏外に退避しました。着のみ着のままで水雨に濡れ、暖房も食べる物や寝るところもなく不安だけがある人たちばかりですから、怪我や体調を崩す人たちが続出しているのですが、お医者さんに連絡すると(これも当初はかかならいのです)、「ここまで(50km圏外)連れてきてくれ」と言われるのですが、ガソリンも車もない中何も対応できない苦しさの連続でした。
それと、この現状を伝えて早く支援して欲しいと思っても、メディアの人がいないのでなんともできない。辛い毎日でした。メディアもお医者さんも避難協定があるそうなのですが。
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と、1年間の次々におこるどうにもならない事態に対処していった話しを、静かに語ってくれました。
星さんのガイドで巡った海岸線は、今も無数の家々がそのまま放置されていました。
お伝えしたいことはまだたくさんあるので、追々記します。
ツアーはよく食べ、よく飲み、よく喋り、よく笑いと満点でした。快い疲れが今も残る2日間でした。