『あひるの家の冒険物語』 第14話  ある日、あひるで……

多摩川に架かる関戸橋にさしかかる頃には夜が明けはじめていました。
橋を渡って川沿いに行くと、京王線と交差する一画に流通センター『夢市場』があります。道の途中にはポラン生産センターパン工房があり、午前2時から始めていたパンも焼きあがり一息ついている様子が見てとれ、窓ごしに手を振ってくれる者もいます。
センターの敷地には既に4~5台のトラックやワゴン車が止まっており、20人程が白い息を吐き出しながら荷物の積み込みをはじめていました。
「おはよう!」「おはよう!」と声を掛けながら、空いているスペースにトラックを止めました。『自給の邑』(相模原)の高岡君や『KIVA』(青梅)の吉沢君や『源五郎』(川崎)の川井君カップルの顔もありました。夢市場スタッフの河辺君が、12本入り牛乳ケースを3箱も積みあげ軽々と運んでいます。
「遠いところを送り出そう」ということで、久木原君とぼくは源五郎の積み込みの手伝いにいくと、トラックの横で源五郎の恵さんが夢市場農産担当の遠山君に納品伝票を片手に詰め寄っているのです。
「キャベツ頼んでいないわよ。10ケもきてるじゃない。アッ!ブロッコリーもカリフラワーもまだたくさん残っているのに」
寝惚け眼(のふりをしている?)の遠山君は、「いや~、キャベツはひと雨きて割れそうだし、ブロッコリーも花咲きそうだからとっちゃうよと百姓から電話あったんですよ。いや~、困ってしまいますよね」と、のらりくらりと返事をしている。
久木原君とぼくは、「いっちゃえ」とドンドン積み込んでいく。
一緒にやっていたKIVAの吉沢君が、「キャベツ、うちで引き受けようか」と声を掛けると、「いや~、助かりますよ。寝てないんでコーヒー飲んできます」とニヤニヤしながら事務所に入っていきました。
その間も『蟹屋』(藤沢)や『じんじん』(町田)、『結』(阿佐ヶ谷)のトラックが入ってきて、敷地内はいっぱいです。
パン工房の九重さんがやってきて、「アンパンつくってみたんだけど、食べてみて」と配りはじめたのです。
機嫌を直した恵さんを乗せ源五郎のトラックが出発。「しっかり売れよ~」「仲良くやれよ~」と手を振って送り出したのです。
雨が降って晴天が続いたせいで、どの野菜も注文量を上回っていました。キャベツ20ケ→30ケ、ほうれん草30ワ→50ワ、ブロッコリー20ケ→35ケ……。「今日は豆の木にキャベツとほうれん草を使ってもらおう」などと思っていると、8時あひるの家に到着したのです。
東元君、清水君、折茂君、鈴木君、少し遅れて久美さんが待ちかまえていて、満載のトラックから荷物をおろしはじめるのです。店分、トラック引き売り分、牛乳配達便分と各々仕分けをし、コーヒーを飲みながら今日の入荷状況とポイントを確認し合うのです。
各人が準備にとりかかると、店の奥の台所で久木原君がまかない飯を作りはじめるのです。今日はカレーのようです。何故かいつも味噌汁がでてくるのです。
9時、『ジャックと豆の木』スタッフの澄ちゃんと恵理ちゃんがやってきて、キャベツとほうれん草と豚肉を使った料理を考えはじめるのです。11時半開店です。
10時半トラック引き売り、11時牛乳配達便のスタッフがカレーをかきこんで出発しました。
天気が良いのでお客さんの出足がいいようです。壁も扉もない店内には冷たい風と枯葉が吹きこんでくるのですが、カレーの香りが漂い食欲をそそります。
12時が過ぎると店の横の私道にテーブルと丸椅子が用意され、カレー、味噌汁、いわしの丸干しが並べられ、スタッフが交代で食べはじめるのです。
自転車に子供をのせたお客さんがやってきて、「おいしそうね」と笑顔、「食べていくかい?」と子供に声を掛けると「ウン!」と嬉しそう。5~6人がお喋りをしながら食べるのです。昼営業を終えた豆の木スタッフ、みっちゃんを加えた3人が降りてきて食べはじめるのです。12時~3時位まで私道を専有する毎日でした。その頃、店からの配達便もスタートしていきました。
朝積みあげられていたキャベツも大根もほうれん草もなくなりつつありました。
「キャベツ買ってくんなきゃレジ打たない」という脅しや、「お願いしますよ、明日もどんどんくるんで、夜、闇にまぎれて多摩川に捨てにいかなきゃならないんですよ、お願いします」という泣きのセールストークが功をそうしたようです。
その度にお客さんとの丁々発止で笑い声が起こり、買い物カゴにはいつのまにかキャベツが入っているという事態が続いたのです。
店内には「WHAT IS ORGANIC?」のポスターが貼られ、インフォメーションボードには「2月18日(日)新潟上越から星六味噌の星野さんがやってくる!味噌づくり教室参加者募集中!※星六さんはヘンクツですが悪い人ではありません。ただし喫煙者接近遭遇禁止です」という催しのお知らせが貼ってある。
6時を過ぎると店配達便の鈴木君が、牛乳配達便の清水君が、トラック引き売りの折茂君が戻ってきて、店の奥で売り上げを数えたり、注文を集計したりしはじめるのです。
7時閉店。久木原君が各々の売り上げと店売り上げを数えはじめ、「今日は42万円でした。よくがんばった、オシマイ!」と報告し、「今日さ、鹿児島から豚肉送られてきたんで、おれんちで食べる人?!」と声をかけると、ひとり者全員が手をあげるのです。
2Fのジャックと豆の木にあがると、常連の一橋の吉村先生や小平の養鶏家青木君や、武蔵小金井『苫屋』の畑中君の顔も見える。久木原君が「今晩来るかい?焼肉だけど」と声を掛けると、豆の木スタッフ全員が「終わってから行きま~す」と即返事。苫屋の畑中君も「行く」と表明。吉村先生も青木君も行きたそうなのだけど、言い出せない様子。
ほぼ連日、久木原君のところになだれこんで、飲んで食べて歌って泊まって、翌日店に出てくることが多いようでした。
「活気とか熱気というより、狂気漂うという感じですよね」と呟いたのはスタッフ折茂君だったけど、毎日が祭りのような日々だったのです。

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