神奈川愛川・北原くん一家のヨーロッパ旅行記①

トマトソースに導かれ ~有機農場を巡る旅 イタリア編~

昨年の夏の終わりから秋にかけて、大きな台風や長雨の影響で全国的に不作となり、私たちの畑も例外なく大きな被害がでました。そのとき取れるような野菜も打撃をこうむりましたが、一番大きく被害を受けたのは年明けから収穫する予定だった作物でした。
「収穫するものもなくなり、この先どうするんだろうか」と一晩悩みましたが、出した結論は「じゃあ旅にでよう」ということでした。
テレビ番組で見たイタリアの農家は陽気で、家族みんなでトマトソースを作り、お昼ごはんの時にワインを片手に歌を唄っていました。
その姿はまさに農民。こんな生き方、在り方があるのかと感激し、こんな人たちに会ってみたい、という単純な欲求から行先をイタリアに決めました。
ただ、エアーチケットを取る段階で、せっかくだからお隣のフランスも見ておくか、ということになり行き先はイタリアとフランス、全12日間の行程で決定しました。
旅に出るにあたり、幼い子どもたちを連れていくことに心配の声が多数寄せられました。とはいえ置いていくわけにもいかないので、深く考えることなく、家族5人のドタバタとした旅が始まりました。
機内では映画にお酒、読書に昼寝と普段やりたくてもできないことがみっちり13時間もできる!と楽しみにしていましたが、蓋を開けてみればなんのその、「暑くて眠れない」、「せまくて嫌だ」、「気持ち悪い」、「トイレ」などなど3人の子どもたちに振り回され続け、映画一本を見るのに20回は中断させられ、諦めて眠ろうにもすぐ起こされ、地獄のようなフライトに。イタリアに着くころにはこちらの方が疲労困憊になり、あんなに好きだった飛行機に二度と乗りたくないと心底思うようになっていたのでした。

翌日、最初に訪れたのはローマ近郊の有機農場で、32haという私たちの25倍もの面積を有する大農場でした。しかし大きくとも合理的な作付や作業方法で運営しており、すべてはやり方次第ということを学びました。また、フクロウを呼び寄せて圃場にはびこるネズミを駆除したり、自然の仕組みを味方につけての方法論は感動的ですらありました。
途中、今までに見たことのない姿形の野菜を見つけるとその場で食べさせてくれたのですが、野菜大好きの3歳の次男が口に運んだのはラディッキョロッソ。口に入れるとほのかな甘みの後に割と強めの苦みが襲ってきます。それを喜び勇んでガブリ。みるみるうちに顔色が変わり、泣いて、吐いて、残念なことに…。
そんなこともありながら、忙しい中、3時間もの時間を、しかも無償で提供してくれた50代の農家さん。通訳さんを通して丁重にお礼を述べると、「同じ農民のつながりだから」との答えが。同じ大地に根差す農民の絆はたとえ地球の反対側まできてもつながっているのだと感激したのでした。

そして次に訪れた農場は同じくローマ近郊の60代の農家さん。彼は元銀行員でしたが、「人生を見つけるため」と若くして高給もステータスも捨てて脱サラし、ゼロから農民としてスタートした方でした。(高給もステータスもありませんでしたが)自分も同じ脱サラ就農者だと知ると、とても共感してくれました。
数匹の犬や猫が自由に歩き回っているだけでなく、ロバや鶏まで飼っていたため、畑に興味のない子どもたちは動物たちと戯れて過ごしていました。子どもたちの相手をしてくれていた農家のお母さんは「今日ほど日本語が話せたらって思った日はないわ!」と悔しそうにしたのが印象に残っています。

一通り畑の見学が終わると、「うちでお昼を食べていきなさい」と家に招き入れてくれ、ローマ名物のカルボナーラやとれたての野菜で料理をしてくれました。そこでごちそうになったカルボナーラの美味しかったこと。美味しさと感激でこの旅一番の印象に残る食事となりました。

また、予期せず憧れのイタリア農民のキッチンに入ることもでき、それも私たちにとってはとても嬉しい経験となりました。「なんでうちみたいなところに日本人がくるのか!?」と驚きを隠せなかったお父さん、お母さんもキス&ハグで別れを惜しんでくれ、「次は一週間くらいきなさいよ」と涙ながらに温かく見送ってくれ、お土産にはなんと自家製のトマトソースを持たせてくれました。イタリアに行こうと思ったきっかけである、農家のトマトソースです。心から嬉しかったのは言うまでもありません。

その後訪れたのは同じくローマ近郊の40代の新規就農者。北海道の美瑛さながら、どこまでも丘の続く美しい場所でした。
彼はバイオダイナミック農法というやり方で営農し、大地の力、宇宙の力を利用して生命力に溢れる野菜を栽培していました。
圃場を見学中、雨がパラツキ、強風が吹き始め、「一年で最悪の日に来たね」と笑いながら話してくれました。しかしそんな冗談を言っていたのもつかの間、寒風は非常に厳しく、一同鼻水を垂らしながらの視察に。それでもケラケラ笑いながらついてくる子どもたちを見て、「この子たち、すごいね。うちの子には無理だよ…」と感心されたのでした。
その後、寒すぎたために家に招かれ、お茶を飲みながら彼の話は続きます。
「私は製品を作ることに興味はない。食べ物を作っているんだ。化成肥料を使うことは簡単だけど、化学的なものが一切入っていない生命の息吹を感じる土壌で育った美味しく、香る野菜を食べてもらい、健康になってもらいたいんだ」
「イタリアでも若者の農業離れは加速している。だけれども、ぼくたちがやらなくちゃいけないよね!」
「遠く離れていても、考えていることは一緒なんだね!」
と熱く語り、大いに共感して固く握手をしてくれたのでした。そして別れ際にはやはり自家製のトマトソースを持たせてくれました。彼らの中でトマトソースの持つ意味というのが、なんとなくわかってきた気がしました。

ローマ近郊で出会った3軒の農家は60代、50代、40代と全員自分より一回り以上の先輩たち。それぞれにここまでの人生があり、農業における苦労を話してくれました。技術もさることながら、彼らの生きざまを心に焼き付け、イタリアをあとにしたのでした。

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