あひるの店先から ―夏に想う―

1977年9月5日月曜日、いまにも雨が降り出しそうな日でした。
ワゴン型の屋根をおおう真っ赤なシートはまだ届いていず、家の物置にあったゴザをリヤカーに積んで出発したのです。
最初に伺ったのは中区1丁目の線路沿いにあるイトーピアマンションの細野さんの処でした。
着いたのはいいけれど、リヤカーをどこに止めたらいいかわからないし、ウロウロしていると管理人さんとおもわれるご夫婦が出てこられて、細野さんに連絡しれくれることになったのです。おまけに、通行の妨げになるからとエントランススペースにリヤカーを引き入れてくれ、更に館内放送を使って「無農薬野菜の八百屋さんが来てます」とアナウンスまでしてくれたのです。細野さんがお友達を誘って買いに来てくれました。
が、野菜の値段がわからないのです。「納品書」がついてこなかったのです。
管理人さんに電話をお借りして流通センターに問い合わせ、それをメモしておよそ7掛して値段を出したのです。
ところが、今度は計算が出来ないのです。
2kgの台量りを持っているのですが、あの頃電卓はなかったので、暗算でやるしかないのです。長ねぎ100gで37円、470gでいくらなの?野菜の入ったダンボールを引きちぎって、37×470とやる訳です。人参もじゃが芋も玉ねぎも全てこれですから、3~4品を計算するのに10分位かかったのです。3~4人のお客さんが買い物を済ますのに1時間位かかりました。
その日は連絡をもらった10件位のお宅に伺う予定でした。2~3人は留守で、途中から雨が降り出し、野菜の上にゴザをかけても濡れるばかりでした。雨具など用意していなかったので、全身ビショヌレです。時間も大幅に余ってしまい、中区1~2丁目あたりをリヤカーでグルグル回っていました。時々通りかかる人がいないのを見はからって「ヤオヤ~、ムノーヤクノヤオヤ~」と声を張りあげてみるのだけど、雨音にかきけされ家に居る方に届いていないようです。でも、それがほっとする気分でもあったのです。
そんな、それまでの人生の中で一番心もとない一日だったと思います。こんな、心もとない佇むような常態の日々が2~3ヶ月続いたのです。
そもそも、「有機無農薬の八百屋をやる」ということに無理があったのです。「有機農業」にも「食の安全」にも「商売」というものにも関心がなかったからです。
あったとすれば「リヤカーを引いて街にくり出す」というパフォーマンスのイメージだけだったと思います。それは「有機八百屋をやる」という要素とは全く別のものでした。だから、はじまってから「有機八百屋」という要素から逆襲を受けたのだと思うのです。
それでも、2~3ヶ月の間に少しずつ関心が広がっていったのです。「有機農業に関心はなくても、作っている人の中に面白い奴がいる」。元々料理は好きなので、「この野菜うまいな」と思うようになり、週末一週間分の売上げをテーブルの上にまいて、子供達と10円玉の山、100円玉、1000円札を積み上げ、支払い分を取り除いた分を数えるのです。「先週よりスゴイよ」なんて子供達に言われると嬉しくなるのです。
そうこうしている間にまたたく間にリヤカー八百屋がふえていき、豆腐屋やパン屋やコンニャク屋や百姓たちとの出会いがあったりしたのです。出会った分だけ物がふえる訳ですから、その出会いのことを話しながら売ることはとても楽しいことでした。そして、また気付くのです。
「ネットワーク(仲間)を拡げよう。それをやろう
仲間たちとグループ(ポラン広場)つくり、本格的にネットワークづくりにのりだしたのです。20年余り、ネットワークづくりがぼくの主たる仕事でした。
40数年が経ち、つくづく「有機八百屋をやる」という主要素よりも、「リヤカーを引く」だとか「ネットワークを拡げる」だとか「つながることを楽しむ」という副次的要素に関心があったのだと思います。
最近、店先にいると「今の仕事どうしようかな?」「何かもっとフィットできるものないかなあ?」「悩むなあ~」という声をよくききます。
昔とちがってネットで検索すると転身・転職情報がたくさん紹介されています。条件など記されていますが、それはぼくの言う主要素だと思います。もしかしたら、副次的要素や隠れた要素の中に、自分にフィットするものがあるかもしれません。
それを見つけられるかは、もっと近づいてみるか身を置いてみるしかなく、そこに至る道は自分でつくっていくしかない訳です。
百姓が百のつながり(稼ぎも含めて)の中でやっているように、ひとつの手立てだけではなく、いくつものつながりの中でやっていけば暮らしていけるし、生きていけるのではないかと思うのです。
そんな事を想う夏です。

(狩野)

※あひる通信に連載した『あひるの家の冒険物語・全17話』お読みになりたい方はおっしゃってください。

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