失われた34日間を取り戻せ!【10/3畑だより ―41回目の収穫の秋を迎えた富良野の畑から―】

北海道富良野南麓郷の阪井君から、実りの秋を伝えるお便りが届きました。
麓郷(ロクゴウ)は、あの『北の国から』の舞台となった所で、今も千歳空港からの直行バスが訪れているようです。
夏は地平線が見える程広々とした畑や牧草地が続き、冬はTVドラマにもあったように寒さと雪におおわれ、道々を往くのはキタキツネと時々熊というところです。
20才の阪井君が「こんなところに居たくない。東京に行こう!」と思ったのは当然のことだったと思います。『あしたのジョー』を夢みて、挫折して、それでも3回目の家出をしてやってきたのは、はじまったばかりの『あひるの家』でした。
11月~3月まで リヤカー八百屋をやりながら、週末「有機農業とは?」とおつき合いのある農家におじゃまして学んでいきました。
八百屋のことでいえば、元ボクサーだったのでフットワークが良く、百姓の息子だけあって野菜の知識と愛情は深く、そしてなにより見た目が格好良かったのですから人気が出ないはずはなく、3台のリヤカー八百屋の売上げトップランナーでした。
20才の阪井君が30才のぼくに遺してくれた言葉は、「百姓には“もうダメだ”という言葉はなくて、また種を播くんだよね」というもので、その後幾度もこの言葉に励まされたものでした。
イッチャン(鹿児島出身)を連れて富良野に帰った阪井君は、「もう家出をしない。おれ(オヤジ)の畑を手伝うならば、10町歩のうち1町歩を渡すから、おまえの言う有機農業とやらをやったらいい」と父親に言われ、阪井君の有機農業が始まったのです。
北海道は元々開拓者(移住民)の多い土地柄、「百姓をやりたい」という人たちへの門戸が広く、その人たちの多くが「有機農業をやりたい」と志していました。そんな人たちにとって阪井君は頼りになるフロントランナーだったのです。
こちらに来るとぼくの家に泊まり、何度か遊びに行ったことのあるぼくの子供たちも交え餃子パーティーで盛りあがるのです。
阪井君の営む『百・我(ももんが)農園』の主力は息子に移行しつつあります。2人の孫持ちにもなりました。
歳月は積み重なりましたが、向こうから黒いニット帽を被った青年が軽快なフットワークで駆けてきて、帽子をとって「北海道富良野の阪井です!八百屋やらしてください!」とあいさつした様を重い出します。
そんな阪井君から、玉ねぎ・じゃが芋・南瓜・坊ちゃん南瓜が届きます。
5月初めの長雨、5月末の高温、8月中旬までの干ばつ高温、収穫の今の長雨と、今年も都合通りいかなかったようですが、昼夜の寒暖差で糖やデンプンがつくられ、おいしい野菜が仕上がったそうです。食べてみてください。『北の国から』観ながら食べると一層おいしくなります。

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秋です。実りの秋です。
りんごが出てきましたよ。【ひろさきふじ】【ほのかふじ】【千秋】【トキ】【ひめかみ】その後に【紅玉】、各々固有のおいしさがあります。
弘前・伊藤さんの園地には熊が出てきて熟したりんごを食べたり、村には2頭の子熊が出てきて、初めてのことなので対策に頭を悩ませているようです。
柿は刀根柿・平核無柿、そして本命富有柿とつづきます。豊水梨・新高梨・プルーン・キウイフルーツ・バナナ、巨峰・甲州・甲斐路・ベリーAとぶどうも揃いました。グリーンレモン、間もなく早生みかんも始まります。
新米は栃木・鈴木章さんの自家用米、長野おむすび米、少しして新潟コシヒカリ、もう少しして福島さゆり米とつづきます。いずれも農薬・化学肥料不使用です。
野菜は台風15号と9月中旬から続く季節外れの高温で苦戦しています。
夏野菜は15号のダメージを回復できず終了に向かっています。大根・キャベツ・レタスなどもダメージを受け、仕入れ先を変えたので少量なのと高いです。10月下旬まで仕方ないかというところです。
この暑さ疲れます。なんとかいい秋を迎えましょう。

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